【写真日記57】金網の恥じらい


本日の夕日。

夕日を金網越しに撮影してみた、
というより金網を撮影したと言ったほうが正しいか。

金網の用途は何かを遮る、遮断するために存在する、
つまり何かの対象が存在してこそ、相対的にその役割を全うするわけで、
それ自体での存在価値というものはないに等しい。
(遮る必要のものがなければ金網はいらないもの)

そんな金網をメインに撮影してみる、
そうすることで見えてくるものがあるのではなないか。

心なしか金網が恥ずかしがっているように見えてきたのは、
僕だけですよね、、、、絶対。


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