【電線日記1】人生のメタファーとしての電線


いつからだろう。

電線が気になるのだ。

今僕たちに、「明日から電気なしで生きてね」、と言われたら、相当困る。
これまで普通に使っていたもの、照明やテレビ、電子レンジにスマートフォン、
全部ただの邪魔な箱に変わる。

電気が今の生活だと言っても差し支えない。

SNSだってデジタル的なものではなく、
根本は電線という物理的なものでつながってる。

電気はそライフラインそのものであり、
そんな電気の通り道が電線、電線は僕たちの人生であり、
電気の行く末が僕たちの未来だ。

幾重にも張り巡らされた電線がそのまま僕が選べる人生の数のようで、
今、どの人生を歩んでいるのか目で電線を追ってしまう。

生きるということは選択だ。

朝、目覚しが鳴って今起きるか、もうちょっとと言って布団をかぶる選択、
焼魚定食にしようか唐揚定食にしようかという選択。

どちらの人生があってもよいし、きっとあると思う、
パラレルワールドだ。

でも今ここにいる自分は両方は選べない、
一日、一瞬が選択の連続だ。

緩くたわんだシンプルな電線もあれば、
びしっと複雑に混じり合った電線もある。

電線を見上げる時、
僕は今どの人生を歩んでいるのだろうと思う。

電線を通しての人生の確認の記録を残す。


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