サマセット・モーム「月と六ペンス」と僕の生き方


サマセット・モーム「月と六ペンス」を読んだ。ゴーギャンをモデルにした孤高の天才画家ストリックランドの生き様を描いたベストセラー。

天才と狂気。どこまで自分を信じきれるのか?ストリックランドは生涯をかけて自分が見たいものを探し求める。世間的に見れば何不自由なく生活していたはずの人生、40歳でそれらを全部投げ捨て、人生を絵に捧げる。

絵さえかければいい、温かい食事も心を許す友もいらない、描いた絵への評価すら関係ない。ただただ自分の描きたいものを描く。自分の真にたどり着きたいもののために、時間を命を惜しみなくキャンバスにぶつける。

到底他人には理解されない。よく考えればわかるが理解できるわけがない。本人すらわかっていないものをどうして他人が理解できるのか?他人のものさしで測れるわけがない。

だから最初から最後まで自分が自分を信じるしかない、朝起きれば顔を洗うように当然のこととして生きていく。息を吸うように絵を描くのだ、そうしていくつかの人生のステップを越えて彼は死の間際、それを見つけた。

なるほど、自分が日頃思っていたことがある。何度もこのブログで書いているけれど、「何のために生まれたんだろう」ということだ。

この小説を読んで、それを考えてもやもやするのはもうやめようと思った。

何のために生まれたかがわかれば、何を成すべきかわかると思っていた。でもどうやら違ったのかもしれない。「何のために生まれたのか」という問いに答えることこそ、成すべきことではないかという考えが芽生えてきた。

最後まで探し続ければいいのだろう。自分は一体何を求めたのか?何を見たかったのか?その今はわからない何かを探し続ける旅の武器が今の僕にとってはアートということになるのだろう。

ところで、「月と六ペンス」このタイトル少し不思議だけれど、どうやら「月」は幻想をあらわし、「六ペンス」は貨幣、つまり現実をあらわしているらしい。理想と現実の狭間の距離感がいかに果てしないものなのかを込めたタイトルなのかもしれない。何れにしても現実の中で夢を追い続けることは簡単なことじゃない。でもそんな中でも背中を押される素晴らしい本だった。


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