今月のブルータスで、男について考えることができます


今月号のブルータスは真っ赤な背景にバットマンというインパクト大な表紙です。

男の定義とはいったい何なのか?様々な分野で今をときめく人たちをはじめ、歴史上の偉人や、映画なんかから時代に求められてきた男を探っていきくものだということで、興味深くてつい買ってしまいました。

男とはなんなのか?今の世の中、性別を体の造りだけで決めつけてしまうのは難しくなりましたし。

男とは?ということを最初に考えることになったきかっけは小学生くらいだったでしょうか。小学校とかはみんなストレートに話しますからね、特に女子。完全に小学校とかは女子の方が頭も要領もいいわけで、そもそもかなわないところに、

「男のくせに、かっこわるい」

こんなことを言ってきます。この「かっこわるい」だけでなく、「男のくせに」というのがよくよく考えてみると、不思議なことで、1人の女子が言うと隣の女子も「そーよそーよ」と。この頃の「男」というのは何かしら確立されているものがあったのでしょうか?こんなことがあって、男とはなんなのかと初めて考えるきっかけをいただいたようん思います。

我慢を強いられる、何かをまもらないといけない、欲しい物を差し出すやさしさを求められる。
「男とは損な生き物である」とか小さい頃のいむりん少年は当然のように思うようになりました。

そして少しずつ少年から青年へと成長していく中で、ランボーとかロッキーとかあんな、激しさ、肉体を持ってるのが男(なんかスタローンばっか)かなあ、と思うこともあればジョニーデップや、ブラッドピット、ジョージクルーニーのような(俳優ばっか)セクシーな人たちこそ男かなあと思ったり、、、バットマンやスパイダーマンとか(今度はマーベル、映画がらみばっかり)正体を明かさないままに苦悩し続け、それでも信じる物にむかって進む姿が真の男の姿だとか思ったり。

今は男は1つではないし、また見る人によっても違うから、いろんな男がいていいんだろうなと思いますけど、一方で「そーよそーよ」と賛同される「男」というのもあるようなので、僕はとりあえず誰にでもいい顔をしていこうかと思う訳ですが、自分でバットマンのように信じる物にむかって進む姿が真の男の姿だとか思っていたりもするので、ここでさっそく矛盾。いわゆる「男らしくない」ような感じになっています。

でも、やっぱり男に生まれた以上は、かっこいい男になりたいもんだなあと思うわけで、とりあえずハロウィンくらいはバットマンの仮装をしようかと思って探してみたら、全く売ってなくって、スーツを着ながらカボチャをかぶることになるあたりが、いまの僕の男としての限界なのかもしれません。

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