形がある物は消え去り、形がない物ほど残る


近頃お金の使い方が変わってきました。

20代の頃はいいモノや何かをそろえる事にお金を使っていました。(例えば服を買ったり)なんか無形物にお金を使っても形として残らないしみたいな感じで思ったましたが、最近それがどうやら違うなと思うようになってきました。

■形がないものの方が残るという事実
年を重ねてきたからかどうかはわかりませんが、近頃習い事を増やそうと思っています。具体的には書道を習おうと思っていまして、4月からスタートする予定です。小さいころから高校に入るくらいまではやっており、昔はそこそこいい感じに書けていた過去もあります(表彰もされました)。今はその財産食いつぶしながらなんとかやっているという程度まで落ちてしまいましたが、まあ少しはましに書くことができます。

当たり前っちゃ当たり前なんですが、15年前の服なんて一着だって残ってません。でも15年も前の技術?ならまだ残っているんです。当然形はないけれど、ぼくの一部となって残っているんですよね。

今ヨガもやってますけど、これも当然何かモノをくれる訳ではないですけど、いろいろトータルで月2万くらい払ってます。とりあえず半年と少しやってますが、身体が変わってきました。身長が伸びて(姿勢が改善され)体重が減りました。服のサイズも1サイズ落ちました。身体が軽くなり、階段昇るのもスイスイです。

■一過性でなく、継続的な満足感
今では美術館に行ったりして感性を磨いたり彫金教室で初めての体験したり、意識的にいろいろ活動しています。モノにお金を使ってしまうとそのときは買った満足感はもちろん感じますが、同じ気持ちがずっと続く訳ではないんですよね。そこでいくと何か技術や身体を磨くことにお金を使うと間違いなく自分に残りますし、一過性の満足でなく月日を重ねるごとに満足感というか向上しているという喜びを感じます。

いろいろ経験を積み自分磨きを行って、ナイスミドルになっていきたいと思います。広い視野で、物事を見れるようになること、やりたい事全てにチャレンジできるようなることを目指して今年は走っていこうと思います。


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