経験学習がもたらす功罪〜経験の幅が広がる事で選択の幅が狭まる危険性〜


経験学習という教育における考え方があります。これは簡単に説明すると何か自分が体験したこと経験した事を、振り返ってみる事で自分の中に知見やノウハウとして落とし込んでいくという考え方です。

人は自然とこのようなサイクルだ学習していきます。例えば小さな子供が熱いやかんを触って、火傷して大泣きしてしまう。するとやかんは火傷するものだと学習し近寄らなくなったり、場合によっては熱くないやかんを触っても熱いと泣き出してしまう。こういう考え方ですね。

■経験の幅が広がる事で選択の幅が狭まる危険性
過去の経験から、学ぶからこそ人は成長していくのだと思います。が、しかし一方で経験値が増えていくことで、逆に成長を止めてしまう危険性もあるのではないかとも思います。

経験量が多くなると、その分照らし合わすための引き出しが多くなります。「今回のケースはあのときと同じようなものだ」「○○さんは以前会った××さんと同じタイプだな」など言うなれば、自分の物差しでしか測れないようになってしまうんじゃないかと思うからです。経験の幅が広がってくると、ある意味で選択の幅を狭めてしまうんじゃないかと考えるわけです。

実際、研修などで管理職の行動、言動のアセスメントを行うと、年配のひとほど決めつけてかかってしまう人は多いように思います。そうした決められた枠の中でしか判断できなくなると、新たな気づき、発見をする機会が減ってしまい、生ける化石になってしまいかねません。

■過去の経験を前提にして疑うことが大切
経験学習というのは人間の持って生まれた才能だと思いますが、そうであるがゆえに意識的に、自分がもっている知識、経験以外の角度からアプローチして行く必要があると思います。

目の前にある三角形が本当に三角形なのかと疑う事から始めること、疑う事でちょっと違う角度から見てみようと思う気になります。あれ、こっちから見ると円に見える。もしかしてこれって円錐?という感じですかね。

決めつけてかからない事、まずは受け入れて、そして疑問を持つ事を忘れなければ僕たちはどこまでも進んでいけるんじゃないでしょうか。


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