社会人になってから、様々な価値観にふれるようになった。
当然自分が気づいてないだけで、社会人になる前もいろんな価値観に
触れていたとは思うけど。
今は、自分自身のアンテナというか網というかそういうものが作られ、
それらが前よりも機能的に、起動的に情報を求めとりにいくようになった。
そこで最近感じることがある。
価値観は直接コミュニケーションをとるよりも
間接的な情報のほうが正確に汲み取れるのではないか。
と思うのである。
ここでは伝わるではなく、あえて汲み取るとしている。
直接のコミュニケーションには変数が多い。
その時の気分だったり、前後の文脈だったり、こちらの顔色だったり。
一方、間接的に情報を聞くとそれらの変数がいくらか排除できるように思う。
ただし、より抽象的になるので具体的なものに変換(翻訳)することが求められる、
汲み取ると表現したのはこの部分。
受動的ではなく、あくまでも能動的であり
汲み取ろうとして、はじめて成り立つもの。
一見余分な作業とも考えられるけど、
その作業も含めて嫌いじゃない、納得できると思うから。
煩わしくある作業だが、他人(ひと)のことを鵜呑みにするよりも、
きちんと自分のフィルターで濾したものを味わいたいと思う。
具体→抽象→具体
これは僕が物事を考えたり、
自分にインプットするときの基本的なスタンスだ。
面白い話はだいたい、
自分の枠の外に落ちている。