【文化・アート】アイスランドのアート&カルチャーとレイキャビク美術館の楽しみ方

はじめに:この旅のそもそものきっかけ

正直に言ってしまうと、アイスランドに行こうと思ったのは、シガー・ロスの音楽が好きだったからというのが結構でかい。シガー・ロス(Sigur Rós)はアイスランドのレイキャビク出身のバンド日本での公演には迷わずに行った。ボーカル兼ギタリストのヨンシー(Jónsi)が、バイオリンの弓でエレキギターを弾く「ボウイング奏法」と、この世のものではなさそうな裏声を混ぜて作り出した音楽は他では聞いたことがない。文章で書いてもわからなぎると思うので一度聞いてもらいたい。

2ndアルバム『Ágætis byrjun』で世界的な評価を得て、3rdアルバム『( )』ではグラミー賞にノミネートもされた。歌詞はアイスランド語と、バンドが作り出した造語「ホープランド語(Hopelandic)」を混在させたもので、音楽を聴く、言語として意味を解読するというより、音を体に降ろすという感じが近いかも。文章だけだとなんかやばいですね笑。

シガー・ロスの音楽は、広大で静かで、でも時に思い切り激しかったり、急に懐かしくなったりする。僕の拙い語彙力では形容できそうもない。「どうしてこんな音楽ができたのか?」という疑問。それが「アイスランド」への興味がつながったのだと思う。そして実際に行ってみて、理解した。そりゃ日本では生まれないわけよ、と。あの音楽は、あの場所から生まれるものだ。彼らが通ったレコード屋さん12 Tónar(トゥエルヴ・トーナル)もホテルから近かったので、行ってきた。

ヨンシー自身はインタビューで、自分たちの音楽とアイスランドの自然の関係性について否定的なコメントをしたこともあるようだ。自然を意識して音楽を作っているわけではない、ということだろうけど、実際に今回アイスランドの大地を実際に踏んでみて、溶岩原を歩いたり、凍った川の脇に立ってみると、あの音楽が持つ静と動の振れ幅が、この空気感に感じるところがあった。環境は無意識のうちに人を作る。その人が作る音楽に、環境が滲み出る。シガー・ロスの音楽はそういうものだろう。

この記事は、そういう動機で訪れたレイキャビクで、文化とアートと街の空気をどう感じたかの記録。ちなみにツアーのときバスの中で何もない、ずっと変わらない景色を眺めながら彼らの音楽を聴いていたけどもとても良かったことだけはいっておきたい。

 

ハルパ・コンサートホール:建築それ自体が作品

レイキャビクでツアーのない日は街歩きをしていた。その中でまず訪れたのがハルパ・コンサートホール(Harpa)。港に沿って歩くと、遠くからでも一目でわかる。ガラスのファサードが遠目から見ても異様な存在感を示していた。異様といっても気持ち悪いものではなく、よくこんなん作ったなあという感じ。

ハルパは2011年に開館した、アイスランド最大のコンサートホールだ。設計はデンマークの建築事務所ヘニング・ラーセン・アーキテクツが担当し、ファサードのデザインはデンマーク・アイスランド系のアーティスト、オラファー・エリアソンだった。幾何学的なガラスのパネルを組み合わせた外壁は、アイスランドの玄武岩が冷えて形成される柱状節理からインスピレーションを得ているらしい(ハットルグリムス教会もそうだったな)。数万枚のガラスパネルは時間帯や天候によって全く異なる色空間になるようで、朝は透明に、夕方は赤や金に輝くらしい、ぜひ見てみたかった。午前中に行ったけど電気不要な程に明るかった。夜は点灯して港のランドマークになる。

内部は無料で入ることができ、コンサートなどのチケットがなくても見学できる。広大なロビーは天井まで吹き抜けのガラス張りで、港と山の景色が外と内を連続させている。床や壁の素材、光の入り方、ロビーの中に置かれた椅子の配置に至るまで、建築としての意図が細部にまで行き届いている。ほんとに息を呑むほどに綺麗で、これだけでセンスを感じさせる。まじでかっこいい。

ハルパはアイスランド交響楽団とアイスランドオペラの本拠地で、年間を通じてコンサートや国際的な会議が開かれている。建物の名前「ハルパ(Harpa)」は、ハープという楽器と、アイスランド語で「夏の最初の月」を意味する古語に由来する。これもセンスよ。シガー・ロスを聴きながらアイスランドに来た人間としては、「ここでシガー・ロス聴いたらどうなるだろう」と。「もしやるなら来ちゃうかもな。」と思ったよ。

 

レイキャビク市立美術館 ハフナルフス

悪天候でツアーが中止になった日は美術館巡りを行った(冬はこういうことも普通にあるようだ)。レイキャビク市立美術館(Reykjavík Art Museum)は、市内3ヶ所に分かれた建物が共通チケット1枚でまわれる仕組みになっている。これはお得。チケットは24時間有効で、3館どこで購入しても使える。最初に向かったのが、旧港エリアにあるハフナルフス(Hafnarhús)だ。ハルパから結構近い。「ハフナルフス」とは「港の家」を意味し、かつて倉庫として使われていた建物を美術館に転用している。レイキャビクのフードホール「Grandi Mathöll」にも近く、港エリアの散策の流れで立ち寄りやすい場所にある。

この美術館の核となるのが、フランス・アイスランド系のポップアーティスト、エロ(Erró)の永久コレクション。エロはポップアートの文脈で語られることが多い作家で、新聞・マンガ・広告・古典絵画などの図像を大量にコラージュし、カラフルで密度の高いカオスを画面に詰め込んでいる。初めて見たけども、ちょっとびっくりした。見れば見るほど新しいものが見つかる絵だし、アメコミもあればムンクもあったり。一枚の絵の中にかなりの要素が混在している。情報量が多すぎて一度では処理しきれないが、それが面白い。正直じっくり見てたらここだけで1時間ですまない。

エロの作品と並んで、国際的な現代アーティストの企画展も定期的に行われている。実験的でコンセプチュアルな作品が多く、「これは何を意味するのか」と首をかしげながら歩くのがこの美術館の正しい楽しみ方かもしれない。現代アート関連が多そうな美術館だった。

 

ちょっと寄り道1:宇宙一のホットドッグとの再会

ハフナルフスを出て、少し歩いたところに例の屋台がある。「Bæjarins Beztu Pylsur」、アイスランド語で「街で一番のソーセージ」という意味らしい老舗ホットドッグスタンドだ。宇宙一でもある。実はグルメ編でも触れたこの屋台、美術館エリアの散策ルートにちょうど組み込める場所にある。

ラム・豚・牛の合い挽きソーセージに、ケチャップ・マスタード・レムラーデ・生玉ねぎ・フライドオニオンを全部のせ(何も言わずとも全部載せてくれる)。約1,100円。美術館の後、3月の冷たい海風に当たりながら食べるホットドッグはなんとも言えない(おいしいけどシンプルホットドッグに1,000円超えてくるのは辛いなあと)。まあでも、アイスランド文化の文脈で言えば、この屋台はハルパや美術館と同じく「レイキャビクを代表するアイコン」のひとつだろう。

 

ちょっと寄り道2:ペニス美術館の話

ハフナルフスのすぐ近くに、レイキャビク最大の「珍スポット」がある。アイスランドペニス博物館(Icelandic Phallological Museum)だ。正式名称からして潔いこの博物館、実は世界的に有名な施設で、100種を超える哺乳類から集めた300点以上のペニスの標本を展示している。とんでもないな。最大の展示物はシロナガスクジラのペニスの先端部分で、170センチ・70キロ。最小はハムスターのペニス骨で約2ミリ、虫眼鏡がなければ見えない。展示品の中にはアイスランドの妖精やトロールのペニスも含まれているとされているが、民間伝承によれば彼らは透明なので、ケースは空のままらしい。

正直に言うと、行きたかった。好奇心として純粋に行きたかったのだが、美術館3館をまわる予定がある中で時間が足りなかった。次回アイスランドに来たときは必ず、と心に決めている。実はこの博物館をめぐる話はドキュメンタリー映画にもなっている。2012年に公開されたカナダのドキュメンタリー「The Final Member」で、博物館の創設者シグルズール・ヒャルタルソンが「コレクションにどうしてもヒトのペニスを加えたい」という悲願を追うものだ。ペニス美術館が気になる方はまず映画から入るのもいい。

 

レイキャビク市立美術館 アウスムンドゥル・スヴェインソン(Ásmundarsafn)

ハフナルフスから東に歩くこと約30分、住宅街の中に突然現れる丸いドーム型の建物が、アウスムンドゥル・スヴェインソン(Ásmundarsafn)だ。アイスランドを代表する彫刻家アウスムンドゥル・スヴェインソン(1893〜1982)の作品を展示するために作られた美術館で、建物自体も彼が設計したらしい。ドーム型の白いスタジオは、地中海建築とアイスランドの伝統建築を組み合わせたような独特の形で、街の中にあるとは思えないほど存在感がある。なんかの基地みたいだった。

建物の外の庭にも彫刻が点在していて、雪をまとった3月の状態では、白い庭と白い彫刻が溶け合うように存在していた(つまり見落としたりしていた)。スヴェインソンの彫刻は、人物像が多いが写実的ではなく、大きく単純化されたフォルムのものがほとんどだった。古ノルド神話の神々や、労働する人々、アイスランドの民話に登場するキャラクターを題材にした作品が多く、アイスランドという土地の記憶・歴史が作品化されたような感じ。

屋内の展示室は天井が高く、採光が計算されていて、大型の彫刻が空間の中で生きているように見える。3館の中でもっとも静かで、観光客も少なく、じっくりと作品と向き合える場所だった。首が痛くなるので座ってみてた。

 

レイキャビク市立美術館 キヤルヴァルスタディル(Kjarvalsstaðir)

3館の最後に訪れたのが、クランブラトゥン公園に面して建つキヤルヴァルスタディル(Kjarvalsstaðir)だ。1973年にオープンした、アイスランドで最初に視覚芸術のために設計された建物で、アイスランドを代表する画家ヨウハネス・キヤルヴァル(1885〜1972)の名を冠している。

キヤルヴァルは、アイスランドの溶岩原・苔・霧・光を独自のタッチで描き続けた画家。写実でも抽象でもなく、印象派的っぽさがあったように思うけど、どことなく暗いような雰囲気を感じたことは否めない。それでもアイスランドの大地への深い観察が混ざった絵は、とても素敵だった。ゴールデンサークルやスナイフェルスネスで実際に見てきた景色を思い浮かべつつ、あのとき自分が感じた「地球の生々しさ」を、キヤルヴァルと共有した感じがした。

キヤルヴァルは「生きる伝説」と呼ばれ、ロマンティックで自由奔放な人物だったという。正規の美術教育を受け、コペンハーゲンやローマ、パリ、ロンドンで学んだ後もアイスランドに戻り、死ぬまで祖国の大地を描き続けた。

企画展示室ではそのほかにも現代アートの展示も行われていたし、キヤルヴァルのエリアでも彼の絵の隣に全く異なる文脈の作品を並べたりして、アイスランドのアートシーンを複合的に体感できるしかけが施されていた。

 

キヤルヴァルスタディルのカフェで飲んだビールのこと

キヤルヴァルスタディルで特筆したいのが、ミュージアムカフェだ。展示室を繋ぐ中央空間に設けられたカフェは、大きなガラス窓から公園の緑と、遠くにレイキャビクの低い街並みが見える。3館の中でもっとも「座っていたくなる場所」だった。何よりもこんなにおしゃれな美術館に出会ったことがなかったし、働いているお姉さん方もかっこよすぎてシュッとしていた。

美術館を3館歩き回って疲れた体を椅子に預けながら、ビールを一杯注文した。外の雪景色とガラス越しの光の中で飲むビールの味は、格別だった。このシリーズを通じて何度か触れた「アイスランドのビールは高い」ということもここでは気にならない。なぜなら美術館の飲み物はどこでも高いのだから。

3館を歩いてまわることについて

ちなみに下の地図のようにAホテル→Bハフナルフス→Cアウスムンドゥル→Dキヤルヴァルスタディルの順で歩いた。合計の移動距離はおそらく5〜6キロ程度で、途中でホットドッグを食べたりホテルに帰ってランチタイムをとりながら3館を徒歩でまわりきるのに7時間かかった(1時間30分ほどのランチライムと30分のビール休憩含む)。

この日もマイナス2度くらい、歩いている間は防寒が必要だったが、その寒さも含めてレイキャビクの街の空気を体で感じる移動だった。街中には何かわからない系のイカしたアートもあるのでそれも楽しい。

3館に共通して感じたのは、アイスランドのアートが「外国の影響を受けながらも、徹底的にこの土地に根を張っている」ということだ。エロはパリで活動したポップアーティストだが、作品はアイスランド美術館に永久コレクションとして収められている。スヴェインソンは地中海建築に触発された建物を自ら設計してアイスランドの神話を彫刻した。キヤルヴァルはヨーロッパで学んでアイスランドの自然を描き続けた。外に出て、戻ってくる。そしてこの土地のものを作る。その循環がアイスランドのアートの根っこにあるのかもしれない。

 

シガー・ロスに触発された旅を終えて

美術館をまわり終えて、ハットルグリムス教会の展望台から市内を眺めながら、改めてシガー・ロスのことを考えた。シガー・ロスの音楽は、言葉として理解する前に体に届く(心配しなくても言葉は一切わからない)。アイスランド語や造語で歌われる歌詞は、意味を解読しなくても何かを伝えてくる。それはこの大地や風そのものを音にしているからではないかと、とくに吹雪の中のツアーで感じた。感じざるを得ないほど壮大だった。

彼らの音楽が生まれた場所は、地球の裂け目があり、間欠泉が吹き上がり、氷河が火山の頂を覆い、夏と冬では日の差し方、明るさもずいぶん異なるし、空にはオーロラが揺れていて、海は暴力的な風が吹き付ける。そういう環境の中で生きている人々が作る音楽に、その環境が滲み出ないわけがない。

Hoppipolla」という人気曲がある。水たまりに飛び込むという意味のようだけども、MVを見てもらうとよくわかるけど、大人が子供のように水たまりに飛び込む無邪気さと、それを取り巻く壮大なオーケストラの組み合わせが、シガー・ロスの世界観を象徴している。僕もかなり好き。アイスランドの広大な自然の中の、小さな人間の喜び——そのスケールの対比は、あの土地を実際に歩いてみて初めて腑に落ちた。シガー・ロスはアイスランドの空気を音にし続けている。そういう土地だった。

 

レイキャビクという街の歩き方

最後に、レイキャビクの街そのものについても書いておこう。レイキャビクは小さな都市だ。主要な観光スポットの多くが徒歩圏内にある。ハルパから旧市街の中心を歩き、ハットルグリムス教会まで登り、3つの美術館のあるエリアまで足を延ばす。距離にして3〜4キロほどのコースに、この街の文化的な核が凝縮されている。

街の建物は色とりどりのトタン張りで、赤・黄・青・緑の家が並ぶ様子は、どことなく北欧の漁村を思わせる。観光地化されたエリアと、地元の人の日常が混在していて、有名なカフェの隣に魚屋があったり、美術館の向かいに普通の住宅があったりする。コンパクトな街だからこそ、観光地を巡ってるという感覚は大通りを外れると一気になくなる。普通に「街に滞在」しているという感覚の方が近いのかも。

夏の観光シーズンではなかったので、観光客は少ないかなとおもっていたけども、それなりに多かった。ツアーで出会った風景とは違い、街はみんな防寒着をがっつり着込んではいたけども、楽しそうな雰囲気で比較的賑やかだった。

アイスランドに行こうと思ったのはシガー・ロスがきっかけだった。音楽に呼ばれた旅というのは初めてだったけどもこういうのもいいなと思った。曲を聴いて頭の中で想像していた世界の検証、その土地で好きな音楽を聴くという幸せは何にも変え難い経験だった。

【総集編】5日間で巡るアイスランド旅・ハイライト:ルートと予算(2026年3月)
アイスランドへ行ってきた。正直、めちゃくちゃ行きたかったけども、行くまでは「遠い」「高い」「寒い」の三重苦で腰が重かった。どんな服装で行けばいいのか考えるところから始まって、準備タイミングもギリギリだった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました