「逆賊」と呼ばれ続けた男に、汚名を洗い流すための風呂が建てられた?
GWの晴れた午後、私は京都・花園の妙心寺を歩きながら、その事実の前でしばらく立ち止まってしまった。
観光客でにぎわう嵐山からほど近い場所にありながら、妙心寺の広大な境内に足を踏み入れると、空気がまるで別の時代に変わる。砂利を踏む音だけが静かに響いて、そこにある46もの塔頭が、ぎっしりと積み重なった歴史の重さを物語っている。
今回妙心寺に訪れたことを記事にしようと思ったのが、塔頭のひとつ・桂春院の庭園がとてもよかったこと、そして妙心寺の敷地にある「明智風呂」に出会ったこと。偶然の出会いというのは本当に面白いものだなと。
妙心寺とはどんな寺か
まず妙心寺について。妙心寺は臨済宗妙心寺派の大本山で、全国に約3,400もの末寺を擁する臨済宗最大の寺院だ。花園天皇が愛した地に建立され、敷地は10万坪、東京ドーム約7個分の広さがある。敷地には46もの塔頭寺院が建ち並び、まるで一つの街のような広大な寺院群を形成している。本当に大きい。京都市民からは「西の御所」と呼ばれて親しまれているというのも、なるほどと思う広さだ。

歴史は南北朝時代にさかのぼる。花園天皇が関山慧玄(無相大師)を招いて開いた禅寺で、室町時代には権力者との軋轢から衰退を繰り返しながらも、幾度も復興を果たしてきた。現在の中心伽藍——三門、仏殿、法堂——は近世に再建されたものだが、どれも重要文化財に指定されている。堂々たる建築だ。

法堂には、狩野探幽筆の「八方にらみの雲龍図」が鏡天井に描かれているが、今回は時間の都合で中を見ることはできなかった。残念。
明智風呂——逆賊の汚名を、水で流す?
三門の東側に位置する、一見地味な小さな建物。ここに「明智風呂」がある。明智とは皆があの事件で知る武将、明智光秀の明智。
天正15年(1587)、明智光秀の母方の叔父である密宗紹儉禅師を施主として創建された浴室で、光秀の菩提を弔うために設けられたと伝えられていることから「明智風呂」と称されているらしい。
本能寺の変から5年後に建てられた、供養のための風呂。
墓ではなく、風呂という。
主君織田信長を討った逆賊という汚名を洗い流したかったから、あえて浴室にしたという説も囁かれている。

引用元https://www.myoshinji.or.jp/worship/keidai/317
私は戦国武将の中で、明智光秀が特に好きだ。わりと明智光秀に関する小説を読んだり、解説を読んだりしてきた方だと思う。信長のコンテンツを読めば必ず光秀が出てくるので、いつしか信長ものを読んでも光秀にばかり注目していた。
インテリで、詩を詠み、家臣に慕われ、信長の最も優秀な部将でありながら、歴史の教科書には「謀反人」「三日天下」の代名詞として短く記されてきた光秀。本能寺の変の動機は今も謎が多く、諸説ある。でも少なくとも、「野心のために主君を殺した男」という一面的な描き方は、どこか腑に落ちないと昔から感じていた。
浴室の内部は蒸し風呂になっており、僧侶たちは正面に祀られた跋陀婆羅菩薩を拝んでから入浴したという。入浴時に使用した布が「風呂敷」の語源になり、浴衣(よくえ)が転じて「浴衣(ゆかた)」という言葉が生まれたとも伝わっているらしい。明智光秀の菩提を弔う場所が、日本語の日常語のルーツになっているというのも、なんだか不思議なもんだ。
現在は内部には入れないが、重要文化財に指定されており、修繕のためのクラウドファンディングが近年行われたほど、大切に守られている場所だ。よくぞ保存されてきたなあとうれしくなった。
桂春院の庭——静かな庭で、心が洗われる
妙心寺の本坊を見た後、徒歩数分の塔頭・桂春院へ。ここが今回の旅でも心に残った場所になった。
桂春院は慶長3年(1598)、織田信長の嫡男・信忠の次男である津田秀則によって「見性院」として創建され、寛永9年(1635)に美濃の豪族・石河貞政が建物を完備し、名を桂春院と改めた。
創建者の津田秀則は、あの織田信忠の次男。つまり信長の孫にあたる。信長が本能寺で討たれた際、父・信忠も二条城で自害している。その孫が建てた寺が、光秀の菩提寺・妙心寺の塔頭にあるという事実を後から知って、歴史の皮肉というか、不思議な縁の深さをまた感じた。そんなことあるんですね。
さて、桂春院の庭。
桂春院の庭園は複数の趣の異なる枯山水庭園からなる。唯一白砂が使われている坪庭「清浄の庭」、一面に敷かれた苔がしっとりとした風情を醸し出す「侘の庭」、一段高い場所に建つ方丈から飛び石を見下ろす「思惟の庭」、そして最も大きく、大刈込が特徴的な「真如の庭」。これら庭園は国の名勝に指定されている。
GWの5月、新緑の季節に来て正解だった。苔の緑が、雨上がりのように鮮やかだった。実際には晴れていたのに、その苔はしっとりとしていて、まるで庭全体が深呼吸しているようだった。

ここまで手入れが行き届いた美しい苔庭は京都でも指折りの存在で、次々と人が訪れるような庭園ではないため、ゆっくりと京都の雰囲気を味わえる。穴場という噂を聞いていたが、本当だった。有名どころの寺社のような人の波はなく、書院から庭を眺めていると、自分だけのためにある空間のように感じられる時間があった。庭にも出られて、ゆっくりと散歩することができた。
書院の前に設けられた「侘の庭」は、妙心寺では修行の妨げになるとして茶道が禁止されていたため、書院に隠れるような形で茶室がつくられたという。禁じられた茶を、隠れてたしなむ。そのひっそりとした反骨心が、この庭の静けさに滲み出ているような気がした。

作庭者は不明だが、年代や作風から小堀遠州の弟子・玉淵坊による作庭と推測されている。誰が作ったかすら定かではない庭が、国の名勝に指定されている。名前や評価よりも、実在の美しさが残るというのは、ひとつの理想だと思う。
この日はGWにもかかわらず、3組しかいなかった。かなりゆったりと庭を眺めることができたし、庭以外にも狩野山雪の襖絵も見ることができた。これで500円という拝観料は、正直かなりありがたかった。
逆賊という物語を疑うこと——『信長を殺した男』を読んで
今回の京都行きの前に、ちょうど読んでいた漫画がある。本当に偶然。
『信長を殺した男〜本能寺の変431年目の真実〜』(藤堂裕・画/明智憲三郎・原案、秋田書店)
2016年より『別冊ヤングチャンピオン』で連載が始まり2020年に完結、全8巻+外伝1巻の作品だ。原案者の明智憲三郎氏は、光秀の末裔の方のようで、長年「本能寺の変」の真相を独自に研究してきた人物。 この漫画がとにかく面白かった。
天下泰平を目指す明智光秀を追いつめた決定的なあの有名武将の「企て」、そして400年以上の間歴史の闇に埋もれていた真実とドラマに迫るという内容で、ひとことで言えば「いままでの光秀の話なんだったの!?」となってしまう教科書の内容を真っ向から否定するとんでもない作品だ。

読んで面白かった一方で、読み進めるにつれ悲しくなった。
悲しい、というのは変な言い方かもしれない。でもそれが正直な感想だ。というのは、「逆賊」「三日天下の男」——その単純化されたレッテルの裏に、光秀がどれだけ誠実に、どれだけ苦しみながら生きてきたかが描かれていたから。結末だけは知ってるから、それがまたやるせなくなる。
この漫画の解釈が史実として正確かどうかはわからない。いちおう歴史解釈のひとつとして受け取るべき作品だ。でも、「ひとつの人間の生き様が、後世の都合によって書き換えられることがある」という事実そのものは、普遍的に本当のことだと思う。
今回、偶然旅先として、妙心寺を選んだこと。そこに明智風呂があったこと、こんな巡り合わせあるんだなと、そこに少し縁を感じた。真実が何かはわからないが、わからないからこそ、少し自分なりに疑ってみる、解釈してみるということは大切なのかもしれない。この漫画と妙心寺での出会いはよい時間になった。
まとめ:GWに行くなら「妙心寺エリア」、強くおすすめ
妙心寺と桂春院のセットは、ガイドブックの「定番コース」には載りにくいけれど、知れば知るほど深い場所だ。そして思いの外空いている。
| スポット | 見どころ | 拝観料 |
|---|---|---|
| 妙心寺(大伽藍) | 法堂の雲龍図、明智風呂 | 無料(法堂拝観は有料) |
| 桂春院 | 4つの庭園(国の名勝)、狩野山雪の襖絵 | 500円 |
桂春院は9:00〜17:00(冬季は16:30まで)、通年公開されているので、特別公開を待たずに訪れられるのがありがたい。GWの新緑の季節は特に苔が美しく、強くおすすめしたい。連休なのにかなりゆったりとみれることもポイントが高い。
歴史が好きな人、庭が好きな人、そして「教科書で習った歴史をちょっと疑いたい人」に、ぜひ。
【あわせて読んでもらいたい】明智光秀をもっと深く知るなら
妙心寺の明智風呂を前にして、「もっと早くこの漫画を読んでいたら」と思った。先ほど紹介した漫画。
『信長を殺した男〜本能寺の変431年目の真実〜』(藤堂裕・画/明智憲三郎・原案)
全8巻+外伝1巻の完結済み作品。歴史漫画として読みごたえがあり、光秀の前半生から本能寺の変、そして山崎の戦いまでが丁寧に描かれる。「謀反人」という一言で片付けられてきた男の、もうひとつの物語。
8巻で完結というのがまたいいですね。ちょうどいい。京都を旅する前に読んでもいいし、旅の後に読んでも、見てきた場所への解像度が上がると思う。
▶ 前日に訪れた、雨のダルマ寺もあわせてどうぞ
前日に、妙心寺から徒歩圏内、円町の「法輪寺(だるま寺)」にも立ち寄った。8,000体のだるまが所狭しと並ぶ達磨堂は、雨の日の静けさの中で、少し不気味なくらいの迫力があった。晴れた観光地に疲れたとき、立ち止まるための場所としても、おすすめです、何よりこんなにだるまが並んでいる景色はなかなか見れない。



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