グラレコアシスタント備忘録@上野東京都美術館


昨日は、特殊な立場で東京文化会館主催の「認知症×アート/音楽×ケア」 社会包摂につながるアート活動ためのレクチャー&トレーニングに参加しに上野の東京都美術館にいってきました。

今回のイベントでは先生のお話をグラフィックレコーディング(以下グラレコ)するということで、そのレコーディング(記録)するグラフィックレコーダー(以下グラフィッカー 描く人)のアシスタント的な立ち位置で。聴講者でもなく主催者でもなくて、それらをフォローする立ち位置なのかな。今回はイベントの内容でなく(話の内容は写真に撮った最後のアウトプット見てもらったら大体わかると思うので)グラレコ体験中の自分の中に起こってたことを忘れないように記録しとく。

で、グラレコってなんぞや?と知らない人いるかもなので、軽く説明(というか自分の解釈)いれると、講演やディスカッションなどの内容をリアルタイムで視える化していく行為。流れや関係性なんか空中に消えてく時間(言葉)を拾い上げて、その場で起こったことを参加者が直感的に理解、共有するためにとっても有効な記録イメージ。今場に出てたことをタイムリーにサマリーとして見られることで、参加者間のコミュニケーションの活性化や理解を促すこともできる。平たくいうと場の活性化のためのプロセスでありツール。こんな解釈。(有識者の方ご覧になってておかしかったら教えてくださいw)

で、今回は僕の立ち位置で起こってたことを残しておこうかなと思う。アシスタント内容は、先生のお話していた内容をレコーディングするにあたって、メモを取ってグラフィッカーにお渡しするというものでした。

今回のグラフィッカーさんは予備知識もちゃんと入れてるし、描き手としてもベテランさんだったので、そこまで私頑張るみたいなことなかったのですが、それでもすでに空気漂ってるものを記録しながら、今生まれたものを拾ってまとめつつ、次の言葉を受け入れるってってのはずいぶんな処理内容ですもんね。お邪魔にならないように、最大限やりますわ!という意気込みでお手伝いでした。

その中で気づいたのは、聴講者よりも理解できただろうなってこと。細かな数字まで覚えてる。特に今回はデータに基づいて医療を考えることを強くお話されてたことも手伝って、より一層言葉の選び方には気をつけないといけませんでした。(付箋に書いて渡すのである程度まとめたいのだけど、まとめる言葉を選び間違うわけにもいかずということでそのあたり苦戦するところありました。)日頃いかにこんなもんでいいだろうとか、この言葉使っておけばだいたい皆分かるだろうみたいなところあったんだなと反省。しかも無意識にやってたのが恐ろしいことですわ。

アシスタント的なポジションの自分の中で何を意識してただろうかということを振り返ってみると、先生の言葉の言い回し、スライドにない先生の発言、取り扱った内容の比重、すでに渡したメモとの整合性、とか考えてたような気がしてる。あとは曖昧なこととかメモ渡さないってことと、キャッチーだけどそこまで重要でないとか、描くことに要する時間と重要度のバランスみたいなものはなんか考えてたかなあ。(これはいいかどうかはわからない、まあ内容によってというところか)

ほんとは振り返り的にできればいいこととしては、渡したメモと描かれた内容の取捨選択具合とか、メモからのアウトプットに起こす表現とか、タイムリーにはメモの活用の時間軸とかかな。寝かして後から使うとかもあり得るだろうし、そういうの早回しで見てみたいなとも思ったな。

当然グラフィッカーの方との相性もあるだろうし、スタイル理解しとくということは大切なことなのでアシスタント的には痒い所に手が届くアクションしないといけないわけで、またご一緒する機会あれば前後でその辺りに時間使えればいいですかね。

オオカンザクラ咲いてました@上野公園

グラレコって見やすくなる効果より、見たくなるってこと重要かも。人間て撮った写真見返すように、起こった出来事を追体験したいって欲求あると思う。それが字ばかりのメモだとさらっとで終わっちゃいそうだけど、こんな記録ならまた見返したいし、そうしたプロセス踏んでいくことで知識が浸透していくものだと思うし。

楽しい経験でした。


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