酔っぱらいの利用価値について


自分の首を絞める記事である。ひょんなことから酔っ払いを考察する機会があった。酔っ払いというとどんな印象を持つだろうか。うっとおしい?楽しそう?うるさい?気が大きくなる?みっともない?死ねばいい?自分で言い表す言葉を考えていても、どうやらマイナスの言葉が多いことにすぐ気がついた。

ただ、言葉の種類が多いから悪いということにしてしまうというのはあまりにも安易である。生きていく中で酔っ払いを避け続けることはできない。だけど酔っ払いはそれはそれで利用価値がある生き物でもある。

まずどうして彼らは酒を呑むのだろうか?呑み方にもいろいろある。僕なんかは酒を1杯でも飲むと、その後ソフトドリンクを挟むなんて考えられない。でも中には1件目で酒を飲んで、2軒目にはカフェでコーヒーを飲む人もいる。最近はパフェとかも食うようだ。(すごい!!意味がわからない!!)酔っ払いと非酔っ払いではもうお酒の飲み方、扱い方利用する目的が違うのだ。

酔っぱらいの多くはお酒の味がいいとか、食事に合うだとか、たばこにあうだとかそんなことをほざくかもしれないが、実はそんなのは飲み始める口実なだけであって、真の目的は別にある。

その目的とは忘れることである。

立派な酔っぱらいは、前の日のことなんてきちんと覚えちゃあいない。「え、俺そんなこといってたけ?」みたいなことである。これが酔っ払ってない側からするといらつくのはわかる。実際自分も体調不良のときに酒好きの方々と同席すると、いいことなんてひとつもない。そもそも体調が悪くてしんどいのに、お酒も飲んじゃだめ、そんな自分を尻目に飲みくさっていい気分になって絡んできて、「まあ飲めよ、ああ飲めないのか」グッとくる。で、次の日「俺昨日そんなこと言ってったけ?」大したものである。

こんなものにつきあわされて、良い気持をする人なんていないだろう。それは自分でもわかる。というか小学生だってわかる。ただよく考えてみると、あの店のこれがうまいだの、あの店主のこんな所が良いのだとか、言ってるわりに「俺昨日のことほんまおぼえてない」なのでることを考えれば、味なんて覚えてるわけない。そして99%は「俺記憶なくしたの初めてだよ」ではなく、いつもの通り忘れている。つまり飲むだけではなく、きちんと次の日に覚えていないところまでが遠足なのであって、覚えているということは飲んだうちに入らないとも言える。こう考えれば酔っ払いは、忘れることを目的に酒を体内に流し込むのだ。

ただ、彼らの言い分も聞いてほしい。忘れたい理由もあるのだ。彼女に振ふられたこと、ムカつく上司の理不尽な説教、過去の自分の悪行に、けいざいや政治への問題いろいろある。そんなことを思いつめて、でもどうにもできないんだったらいまだけは忘れてしまいたい、そうして酒を呑むのである。振られた彼女を振り向かせることも、そいつを後悔させるほどの億万長者になって石原さとみを連れて歩くことなどできないから飲むのである。ムカつく上司の説教をたれる口元からつばが飛び散らないように、新高梨を詰め込んでやる事ができれば酒なんか飲んで忘れなくていいのである。そんな偉業がなし得たならむしろ忘れるどころか刻み込みたいくらいなもんで、酒なんか飲んでる場合じゃないし、でも逆にシャンパンでも買ってきてお祝いのパーティでも開くほどに盛大に飲み倒せばいい。(そんなすごいことなら忘れたって誰か覚えててくれる)

ということでみんな忘れたい、いっときの安らぎを得るためにアルコールを摂取する。じゃあやっぱり酔っ払いは自分のことしか考えてねーじゃねーか!ってことを言われたら、ほんとそのとおりだと思うとしか答えれないのだけど、逆を言えば付き合う側も自分のことを考えて動いれやればいいんですよということで。平たく言うとバイトと思って自分への対価を払ってもらえばいいんですよ。

酔っ払いは「俺昨日のことほんまおぼえてない」なのであるから、おごってもらえばいいのである。冒頭に酔っ払いといえばということで、「気が大きくなる」ってのを例示した。これはいろんな意味がある。例えばいつもは小心者なのに、知らない外国人にも兵器で話しかけにいくとか、こんなちっさな話をこーーーんなに大きな話にしたりもする。ただ、唯一と言っていいほど酔っ払いが進化を発揮するのもこの気が大きくなるという現象から生まる。

気が大きくなると金払いもよくなるのである。

酔っ払いは金払いがよくなる。居酒屋で、ここは私が、いや私が、いやいや私が、とみせかけて私が。。。なんと平和すぎる争いを見たことはないだろうか。この争い誰も困らない。加えて「俺昨日のことほんまおぼえてない」なのである。なんだったら、自分で勘定しておいて、「昨日誰払ったけ?」である。幸せもの以外何者でもない。

酔っ払いは気が大きくなるという生物であり、生息目的は忘れるためなのである。彼らの性質を否定してはいけないし、長所を見つけて伸ばしてやるのが非酔っぱらいに課された使命なのである。生きる目的を奪わないでやってほしい。尊重してやってほしい。

「いよっっ!!主任〜!かっこいい〜くそできない課長なんて次の粗大ごみ回収の日に持っていってもらって主任が次の課長になってくれたら僕らは幸せです〜今日はなんて楽しいお酒なんでしょうね!!!もう1杯飲みますか?え、そろそろ終電?じゃお会計もらいますか?主任カードいけますって!だれかカバンとって〜!!!」ということである。

面倒な相手に自分の時間を使っているのだから飯くらいは食べさせてもらってもバチは当たらない。話聞いてほしいし俺の凄さを褒め称えてほしい人と、社内の政治や評価もやらないといけない晩飯作るのめんどくさい人が居合わせればお互いの利害がマッチするようにしむければよい。

ただ注意しないといけないのが、酔っぱらいにもいい酔っ払いと悪い酔っぱらいがいるということだ。うるさいけど楽しくのんでる酔っぱらいや寝てしまう酔っぱらいはよい。ただし次の酔っぱらいは要注意。

・泣き上戸な酔っぱらい
・すべてを覚えてる酔っぱらい
・絡み酒な酔っぱらい
・トイレから出てこない酔っぱらい

こいつらはメンタルやられるリスクもあるし、飲んでもないのにきちんと割り勘という損するリスクも有る。というかこんな人達はそもそも一緒に飲みに生きたくないだろうから最初からやめておけば良い。酔っ払う相手を見定めてお互いがメリットになる酔っぱらいを探して友好的に有効的に利用していったらいいと思う。飲んでる僕が言うのだから間違いない。飲まない人でも、酔っ払いを有効利用できる要素はあるし、その価値がある。


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