昨日が終わり、今日が始まる。
順序よく整理された記憶は僕に連続した時間軸の中で
存在していることを認識させる役割を果たす。
あ、なるほど。
どうやら僕は昨日の延長線上を生きている。
と思うことが出来るのだ。
昨日話した話題で今日も友人と盛り上がれるのだから、
今日は昨日の地続きで、かつ友人は昨日の友人のままであり、
彼の話がわかる僕は同じ空間と時間軸で存在している(可能性が高い)。
でも、それだけなのだ。
明日、明後日、明々後日が終われば、また異なる3日間に上書きされる。
そうして、私たちは今日を生き続ける。
でも、それだけなのだ。