こちらでは、通信にて京都芸術大学の学芸員過程で履修したレポートをアップしています。
社会人になって大学入るという人は、大人の方多いですよね。なかなか先輩のレポート見せてもらう機会ないじゃないですか。僕も一度も先輩には見せてもらえなかったので。。。しかも通信とかならなおさらですよね。ということで、これから通信で学芸員とるぞって人のために、拙いですが合格したレポート全て、全文載せておきます。
まあ自分的にも1回出して終了よりも、誰かの役に立ってもらったほうが嬉しいですし。なるほど、こんなもんかあ、とか思ってもらえる材料になればいいかなと。もちろん無断転載や転用などの著作権の侵害となるようなことはなしで、本レポートはあくまでも参考にということでお願いします。お役に立てば嬉しいです。(ちなみに地元和歌山なので、和歌山ネタレポートわりとあります。)
【博物館資料保存論】のシラバス記載の到達目標
学芸員過程の必修科目【博物館資料保存論】のレポート提出課題における、シラバス記載の到達目標は次のようなものです。そのまま引用します。
資料の「保存」と「活用」は、基本的には矛盾する行為です。保存のことだけを考えるならば、たとえば紙資料には光を当てないことが最善でしょう。しかしそれでは、展覧会を開催して作品を鑑賞してもらうことも、資料を通して新たな学びを提供することも、調査研究を行って諸学問の探求に寄与することもできません。そこで博物館では、資料を慎重に活用しつつ、同時に、より良好な場外で資料を後世に伝えていくという機能も果たすために、さまざまな方策を採っています。 本科目では、資料を害する諸要因と望ましい保存環境について整理し、博物館が行っている資料を適切に保存するための活動について学習しながら、博物館における資料保存の社会的な意義について考えていきます。
博物館における資料の「保存」活動に必要と考えられる基礎的な項目や留意点、取り組みについて具体的に整理したうえで、「保存」と「活用」という矛盾する活動を行わなくてはならない博物館の社会的役割について、自分の考えも交えて論述してください(3,200字程度)。 ※ただし本科目では人文系資料を中心とし、レポート全体の趣旨を表すタイトルを文頭に記すこと
京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)シラバス2021から引用
ここからが提出したレポートです。
【博物館資料保存論】レポート:「資料の活用が保存を促進させる社会における循環形成」
博物館の資料保存における社会的役割を論じる上で、まずは現状の保存活動を整理する。
■資料保存の意義
博物館の使命は資料や作品などの文化財の研究、保存を通して教育普及のための働きかけを行うことである。保存と活用は本来矛盾する行為であるが、活用なき保存はまさに「宝の持ち腐れ」であり、必要に応じて活用できるよう保存するというスタンスが好ましいと考える。ここからは具体的な博物館の保存活動とその際に考慮しなければならない博物館を取り巻く環境について整理する。
■資料保存の考え方と方法
対象となる資料は博物館の種類や領域に応じて、人文系、自然系、理工系に大別された後にそれぞれ細分化され、続いて一次資料、二次資料に区分され保管される。基本的文化財として価値が認められるものが保存対象となるが、将来新しい技術や発見によって評価が変わる可能性もあるため、可能性のある資料についても良好な状態での保管が望まれる。資料はその館の種別や情報の解釈によって保存活動の方向性が変わる。まず資料をどのように捉えるべきなのかを評価し、方向性を定めなければならない。その際、時代や扱う人によっても方向性が変わる可能性もあることに留意し、現状で最も妥当と考えられる保存活動を行なう必要がある。博物館資料の保存には文化財保全という概念があり、以下の2つの観点で構成される。
①修理・処置
完全に形状を戻すことではなく劣化した状態の回復を目的とした行為。資料の持つ情報が損なわれないよう後世に残すことが最優先。文化財の価値の置きどころや修理の目的を考慮し処置を検討する。資料は引き継がれるため、処置内容を記録しておくことが求められる。
②保存環境整備
資料の劣化速度を可能な限り遅らせようと設備や環境を整備する行為。文化財の多くは湿度、温度の変化に弱いため、四季や天候には特に注意する必要がある。そのため設備の設置を行なった上で安定運用するための仕組みや意識が不可欠である。
資料を収蔵庫に収められるまでには次の7つの段階がある。
①現状確認(保存の方針を決めるための調査、過去の保存状況や復元履歴の確認含む)
②経過観察(虫食い等の可能性がある場合は隔離・観察する)
③クリーニング・燻製(資料が著しく汚れている場合、適切な方法で処理する)
④修復(損傷や劣化が見られる場合、進行に合わせて手当てする)
⑤保存処理(処置前に観察記録を取り、材質に合わせた処理を行う)
⑥復元(著しい損傷が見られる場合、必要に応じて原型の復元を行う)
⑦保存(適切な環境下で収蔵する)
なお資料の保存は虫歯予防と同じように悪くなってから直すではなく、悪くならないように日々の点検を行うことが重要である。現在は虫やカビと共生していることを前提に、それらが発生しない環境を目指し被害を抑えるIPM(総合的有害生物管理)という手法がとられている。この管理方法は博物館に関わる全てのステークホルダーが一体となって活動していかなければならない。IPMは次の5つのステップから成り立っている。
①回避(虫やカビの発生の原因の回避)
②遮断(外部からの侵入防止)
③発見(異常事態の早期発見)
④対処(被害発見時の適切な対処)
⑤復帰(正常な空間に整備、資料を戻す)
保存活動を行うにあたっては、収蔵庫に加え展示室や通路、搬入口、研究室、周囲の環境含め広く意識を巡らせる必要がある。レストランが併設されている際は特に虫などが発生しやすいため、整備や予防に力を入れなければならない。
■資料を取り巻く環境と学芸員の役割
博物館では学芸員だけでなく、カメラマン、搬入業者、電気技師など様々な関係者とともに活動する。専門領域はプロに任せることになるが、学芸員は最後まで関係者を主導、管理しなければならない。学芸員は日々の資料管理においては中心的プレイヤーである一方で関係者を管理する側面も有しており、保存活動におけるプレイングマネージャーという意識を持つ必要がある。
加えて埼玉県立歴史と民俗の博物館の例(展示室内の飲食禁止が理由とともに掲示されている)のように、来館者にも鑑賞マナーをアナウンスすることが理想である。また保管活動を促すうえで自分たちの文化財という意識を醸成することも重要であり、バックヤードツアーを行う九州国立博物館は良い事例である。このように地域住民や利用者に保存活動の意識を持ってもらうことは、より精度の高い保存環境を維持することにつながる。
■自然災害への対応
昨今の日本は毎年のように大規模な震災や台風に見舞われ、2019年の台風19号では川崎市民ミュージアムの収蔵庫が浸水するなど博物館の被害も大きい。博物館の多くが公共の施設であり、市民に変わって地域の文化財を管理するという役目を担っているため、保存活動においても大きな責任が伴うことを意識しなければならない。また館を新たに建設する際は立地等の計画、収蔵庫の配置場所等の設計、耐震や免震等の構造には最大限検討しすることが重要である。一方で現在は万が一被災した際も「文化遺産防災ネット」や「歴史資料保全ネットワーク」といった組織が形成され、緊急時の処置を共有できるシステムが整備されてきている。被害の防止に加え、有事の際被害の最小化、状況把握措置を取っておくことが好ましい。
■博物館の社会的役割
ここからはこれまで整理したことを踏まえて社会との関係性という観点から資料を保存、活用する博物館の社会的な役割を記載する。
博物館は調査研究したことを展示や教育普及活動を通じて市民に還元し、気づきや学習を鑑賞者に促す機関である。新たに得た知見を鑑賞者自身のフィールドに還元することで、技術や経済の発展を促すことにつながれば、保全活動を含む博物館の運営に関する技術的側面の向上も期待できる。つまり長期的視野で見れば資料の活用が保存活動に有効に作用する可能性も有していると考えられる。博物館が保存と活用を行うことは、社会のためである一方でその恩恵が博物館にも還ることになり、さらに社会へ働きかけられるという循環を生み出すことにつながる。このような好循環を作り出すことこそ、博物館に求められる役割と言えるかもしれない。
しかし現状、首都圏の博物館はレジャー化し、地方の博物館の活用度合いは低く、本来の博物館活用の意義や収蔵する資料の価値などの理解度もまた高いとは言えないだろう。例に出したいくつかの館のように、資料の持つ価値や重要性を地域の人々に理解してもらえるよう働きかけることをなくしてこの役割は全うできない。また今後より良い環境を整備していくためには、異業界からのノウハウを積極的に取り入れられるようネットワークを作っていかなければならない。しかし前述したように資料保存を含めた博物館業務は多岐にわたり、また昨今ツイッターで学芸員の非正規職員問題が取りざたされているように人的リソースは削られる方向にあり厳しい状況である。
保存活動を長期的に安定的に行うためには、設備だけでなく日々の点検など運用に頼る割合も大きく博物館内の体制強化は必須であるが、現状は国や自治体の理解は進んでいない。この事態を改善するためには現状の資料の活用を通じて、まずは市民への理解を深め、市民からも行政に博物館の体制強化要望をあげてもらえるような流れが必要なのではないだろうか。そのためにも長期的に保存と活用を行う博物館活動を通じて地域への働きかけを行い続けなければならない。人々への働きかけを通じて、地域の活性化、行政の理解を促し、未来の人々のメリットになるような循環をつくることこそが保存と活用を通じた博物館の社会的役割と考えることが重要である。
参考文献
- 今村信隆編、「博物館の歴史・理論・実践2 博物館という問い」、藝術学舎、2017年
- 全国大学博物館学講座協議会西日本部会編、「新時代の博物館学」、芙蓉書房出版、2015年
今回参考にした書籍です。レポート書くにあたっては複数の書籍を読んだ方が、重要なポイントの理解、解釈の広がりが見えて良いと思います。ネタに使える引き出しも増えますしおすすめです。