哲学における幸福論について〜古代〜


哲学における幸福論について、古代、近代、現代の3つの時代区分で学んできた。なんとなくこんなこと言ってるということをメモしたので、まとめておいた。

今日はまず、古代。THE哲学者って感じのソクラテス、プラトン、アリストテレス、エピクロス、セネカをお送りします。

ソクラテス(BC470-399)

古代ギリシアのアテナイ(アテネ)に生まれて17歳で哲学始める。哲学の始まりの人ですね。この当時は哲学と言っても、自然研究や人間研究など様々な分野が内包されていることが今との大きな違い。もう考えること全般。

40歳で公園で哲学的対話問答(若者人気を集める)とかを始める。当時のソフィストと呼ばれる人たち(個人の幸せ→金持ちになる→政治家になる⇛家名を上げる⇛そのための弁論術こそが知と考えている人、それを教える人、まあ社会的地位の高い偉い人)の逆をとるかたちで哲学を考えようとする。

なのでソクラテスの言ってる知はソフィストの知と違って、偉くなるための技術ではなく、本当の知を知るべき、すなわち無知を自覚すること「無知の知」を知っていることがまず大切だって考えを広めたもよう。

でも結局、当時の有力者のソフィスト連中に嫌がられて、罪をかぶされ死刑。(ソフィストの立つ瀬がなくなっちゃうから。)間違った答えも民主主義、逃げられたけど彼は逃げなかった。判決が間違いだとしても、その間違いをどう直していくのかが真の民主主義という考えのもと自害した。なんと!

そんなソクラテス自身は本とかも残しておらず、弟子のプラトンが「先生(ソクラテス)こんなことをおっしゃった!」と本を残して、彼の思想は受け継がれていくこととなった。

プラトン(BC427-347)

プラトンは基本的にはソクラテスの思想の紹介者という立ち位置です。イデア論(真善美のイデア)という考え。もともと私達は天上にいた。イデア論でいう完璧な真・善・美は現世にはなく、天上世界にしかない。下界(現世)ではその一部を持ってきており、天上から生まれ変わった。

例えば、女優とかはわりと多めに美を受け継いで生まれた。みんなそれぞれいいところを持っている。完璧な真善美を追求していくために現世はあり、人間の幸福はそこにあるのだそうだ。

また人間としては快楽よりも善さ(本来私達が持っている善さ)、つまり徳(卓越性)が重要であるといっている。この善を追求するためには正しさ、勇気、敬虔な態度が必要とされる。ということでわりと理想主義。

これらは全てソクラテスが言っていたことをプラトンが残したということになっており、つまりはプラトンの言葉でないことになってるが、プラトンの思想もはいってるのでは?という疑問は拭い去れない。先生が言っていた論法で彼の思想も入ってるかもしれない。

アリストテレス(BC384-322)

「知の巨人」と言われる。万学の祖。(自然学、形而上学、政治学、詩学、霊魂学、オルガノン、ニコマコス倫理学、史上初の生物分類も)とにかく頭が良くて、もはやすべての学問の出発点となってる。

医師の父をもつマケドニア(田舎)の名家出身。(そのため田舎の気持ちがわかる人なんだったとか)秀才すぎて学園の頭脳と言われたらしい。すごすぎてマケドニアの王子、つまりのちのアレクサンダー大王の家庭教師もやっていたのだとか。大王の家庭教師すごい響きだ!

その後アテネの学園を営むもののマケドニアが勢力を伸ばして、アテネに反マケドニアの反乱が起こる。彼は出身地だったので、頑張ってたのにスパイ扱いされて、マケドニアに避難することに、、、その後62歳で死んだのだとか。

彼は運ではなく、卓越性(善さ)に即した魂の活動(積極性)こそが幸福なのだとか。積極性は自分から生まれる、だから幸福な人はずっと幸福な人、やらない不幸な人はずっと不幸な人となるそうだ。

友達は少なくてもいいからそれらを大事にしようとか言ってる。いろいろ残しすぎていてマジでキリがない正真正銘の偉人。

エピクロス(エピキュロス)(BC342-271)

アテナイの植民地であったサモス島に、紀元前341年に生まれる。アクロポリスにいるあいだ隣国のマケドニアは急速拡大、アテネは飲み込まれそうな不安に。古代のグローバル化(ヘレニズム世界の出現)とも呼べる波に飲まれアテナイは衰退。弟子と共同生活をしつつ哲学すようなスタイルに。通称「エピキュロスの庭」と言われる、いわゆる個人主義になっていく。

幸福な生の目的は、健康や心の平静であり、気持ちをコントロールすることが大切だと言った。贅沢ばかりすると快のレベルはどんどん上がっていく、逆を言えば節制するとパンだけでも快を味わえるのだ。素面の思想とも言う。美食大食をしない、肉体的快楽を避ける、それにより最小限に快を感じることができる,そうすることで真の快楽、幸福が得られる。(だから決して禁欲が目的ではない)霊魂(精神)の安定が一番。

快楽主義者とか言われるけども、この人自身はわかりやすい快楽を求めていたわけでない。節制により真の快楽を!という思想だったことは明確で、世間一般の快楽主義者というものではないのは重要、というか世間一般の快楽主義という言葉の使われ方が本来の意味から外れているのがわかる。

あと、隠れて生きよ政治をするな(大衆に関わらず、個人主義で生きよ)という言葉を残す。深い。

■セネカ(AD一世紀くらい)

ローマ帝国コルドバで生まれる。コルシカ島に流刑になるが、皇帝ネロの母に見初められ、ローマに戻り、ネロの家庭教師になり執政官になる。ネロに陰謀関与を疑われ栄華を極めるも64歳で自害。残念。

この人もアリストテレスに似ているけど、精神の強さを重視することを明確にする。もともと備わっている精神を強め、肉体的に配慮することで永続的な精神の平穏と自由を得られるとのこと。

この精神力によって快楽を抑制すること(⇔やりすぎ快楽・怠惰・無気力)が大切。彼はストア派と呼ばれて、この精神力の強さみたいなところをストア派からとって現代のストイックという言葉が生まれたらしい。

ということで古代はこんな感じで。次回は近代。


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