哲学における幸福論について〜近代〜


昨日の古代に続いて近代の哲学者たち。今日は主にカント、ショーペンハウアー、カール・ヒルティでお送りします。

ちなみに近代はおおよそ18世紀くらいからということですね。

カント(1724-1804)

東プロイセンのケーニヒスベルク生まれ、父は馬具職人。9人兄弟の4番目だった彼は、兄弟の中でも優秀だったので牧師に援助してもらって高校に行く(他の兄弟達は基本中卒で職人への道)卒業後は家庭教師、その後非常勤講師になった。42歳で常勤、46歳で倫理・形而上学の教授、62歳で大学学長になった。生涯独身を貫き、自分の町を離れることなく一生をケーニヒスベルクで過ごした。フランス革命(1789)君主制が共和制に変わるところも目の当たりにしている。

ちなみに近所ではカント先生って感じで割とご近所さんからも好かれていたらしい。彼は時間にかんなりきちんとしてていつも決まった時間に散歩にでかけてたのだとか。どれくらいきっちりしてかというと、決まった時間にちゃんと散歩するもんだから、ご近所さんが自分の時計見て時間ずれてたら、官と先生の方を信用して、時計が遅れてんだって時計を直すほどだったとか。スゲい話だ。

さて、彼はわりと私達が日頃感じていることも明文化している。幸福とはわたしたちの愛好(好きなモノ・コト)が満たされることだし、他人との相対比較によって幸せに思うこともある。だから人の不幸を見て喜ぶのは自然なこと。(今の時代、ネット社会でのたいしたことないものでも痛烈な批判、こきおろしもそういうことだろう)

自力で選択することで、それで得られた幸福は2倍にもなる一方で、他社に従って得られた幸福は不幸(年長者のいらぬ世話など)とかも言ってる。それに、運ではなく知恵が大切。偶然でなく知性に基づく積極的行動。受け身ではない。それが「本当の知」であると。まあ受動的ではなく、能動的に動きたまえということかな。

古代の哲学者エピクロスぽい感じで、真の喜びのための節制の大切さも言っている。「若者よ、仕事せよ。喜悦を撥ね退けよ。」と。そうすると後から真の喜びが得られるよと。それが幸福らしい。

人間は親切(愛)を求める存在。自分も親切にされたいから、人に親切にする。甘えはOK、甘えが十分に満たされたら、愛(親切)を届ける存在へとなれるから。そのために格率 を重要視する。つまり自分で決めている行動の規則、親切基準も自分がやってほしい基準で決めている。

ただ、これで終わることなく普遍格率の考え方も示す。このあたりが少し難しい。自分がやってほしいことに関しては他人にやってあげる。これを義務(普遍的義務:倫理的義務)化しましょうということ。他人とお互いに満たし合うことで幸福になれる。ここは賛否両論分かれるところ。

※他人のために何かを行うという考えはカント以前にもあったが、それはキリスト教、すなわち奉仕の精神であり自己犠牲的な感じ。カントはそんな法と宗教の間の考えとして、この考えを提示した。

ショーペンハウアー(ハウエル)(1788-1860)

ポーランド北部ダグニツク(ドイツ語圏)生まれ。自然科学、歴史、哲学プラトンとカントを研究していた。33でベルリン大学講師を退職。(家がとても金持ちだったみたい)で彼も生涯独身。

この時代はブルジョワジーが台頭してきた時代。彼らにむけて書いている。わりと日本では人気がある。仏教やインド哲学に影響を受ける(涅槃 ニルヴァーナ)の境地も重視している。

この人いちばん有名なのが厭世思想、つまり生まれないのが一番であるということ、この世が嫌い、生まれてこなけりゃよかったということが一番思っていて、でも生きているし、生まれちゃた限りはもう仕方ないので不幸をできるだけ少なくしたいよねって考え方。

そして人を構成するものとして3つ上げている。人のあり方、つまり人柄。次に人の有するもの、つまり財産。最後に人からの見られ方、地位。このうち人柄、これが絶対的に大事だといい切ってる。

健全な精神、肉体、心の朗らかさ、楽天生を大切にする。笑う門には福来たるという感じで、朗らかであればよい、それがそのまま利益を持ってくると。多くを求めなくて、笑っていればいい。生まれちゃった限りは笑ってろよと、そしたらなんかうまくいくぞって。生まれてこなけりゃよかったって言う割にわりと前向きだなあ。なんだよ。

ということでこれ以上不幸にならないための幸福論を残してるのがショーペンハウアー。生まれたことが一番の不幸、より良く生きる意志を持ちながら、幸せへの欲求を小さくしていくことが大切だという感じ、小さな幸せに満足する的な感じかな。

カール・ヒルティ(1833-1909)

スイス、ヴェルデンベルク生まれ。彼が20代の頃、スイスが永世中立国になる。弁護士、将校、大学教授、代議士という感じで、とても出世してた人。で連邦陸軍主席法務官になり最終的にはハーグ国際仲裁裁判所のスイス委員になる。

スイスという小国においても軍を整備。自分たちの国は自分で守るという現実的な考え方を持っていた人なんでしょう。法律家として各分野で活躍してる。

キリスト教を信仰をし、古代のストア派に共感。仕事と信仰が大事だと言っている、中でも他の人にはなかった「他力」が大切だと言う。つまり神のそば近くにあること(神の力、偉大な思想)も幸せには大切だ、自分だけではどうにもならないということ。

これまでは自分で積極的に動いて頑張れば幸福になれるっていうことを言いまくってたけど、この人は初めて他力本願でもいいよと言ってるところが大きく違う。自分だけじゃどうにもなんないっていう苦しみもすくい取ってくれる、キリスト教的な影響を受ける考え方の人らしい。

3大幸福論の著者の一人。


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