「まもってそだてる」和歌山県の博物館活動を紹介した冊子無料でクオリティ高いから見てみて


「まもってそだてる」和歌山県の博物館活動という冊子がダウンロードできるみたい。

和歌山県の博物館施設で働いている人が横断してプロジェクトを組んで作ってるんですけど、この冊子とてもよいです。地元のことだから愛着あるのはもちろんなのだけど、読みやすいし、知りたいって感じる。言い回しがソフトだからかな。関係者や専門家というよりはむしろ具体的な取り組みを知らない人にこそ知ってもらおうとするような姿勢で作られてるような感じで、失礼ながら和歌山やるやんって普通に思ってしまった。

高齢化が進んで、少子化が進む、財源も限られてる、文化財の窃盗もあるし、田舎でも近隣との関係は薄くなってるし、若者は流出していく。でも歴史はあるし、文化的には貴重な資源はある、けど活かされてないし知らないままに消えてゆく。

和歌山の風景

博物館という文脈で捉えると、堅苦しく聞こえるところもあると思いますけど、内容読んでみると、和歌山だけでなくて特に地方や田舎の人たちにとってはとっても重要なことがまとまってます。これって全部の地域が抱える問題だし、まあ博物館の文脈で読むのもいいし、そうでない読み方してもいいと思う。

なので、子供の教育とかに関わる親御さんとか、生涯学習を新たに進めていこうとする我々世代(30代?)以降、地域の高齢者の方の関係性作り、地域の活性化などみんな参考になること多し。

和歌山の風景

で、博物館の文脈だけでとらえない方がいいってことにも繋がるんですけど、生きる上で大切なことって、やっぱり生まれた場所(規模はひとそれぞれだと思う)と関わりながら幸せに暮らすということあると思う。だってどこでもいいのにそこで生まれたんだからね、その偶然というか運命は否定できないですもの。

まあだから愛着なのかもやけど東京にいながら和歌山のこと考えてたりしている。地域の活性化とかいうと堅苦しいけど、その地域に生まれた人が、愛着持てるような関係性を築けるかというところだと思うんですよね。

和歌山の風景

和歌山大学の学生がボランティアでツアーを行ったり、高齢者に過去の回想法という手法を用いて、会話の中から貴重な資料になり得るお話(例えば戦争体験とか)を聞いたり、でもそれが博物館のためだけでなくて、学生が人に何かを伝えたり、ファシリテーションができるようになったり、様々な視点でものを観れるようになるし、高齢者は心身の活性化に繋がるし、貢献欲求も満たされるかもしれないし、双方にメリットのある活動がなされてる。

でもこれは視点を変えると実はとても普通のことで、作用すれば反作用する。何かに働きかけるということは何かが返ってくるもの。誰かにいいことをすれば自分にも返ってくる。その題材や緩衝材に博物館って使いやすいのだと思う。

公共的で中立的な立場だし、権威もあるし関わるにあたって安心する。だから小さい頃からもっと手軽に関係性を築けるようにしないといけない。結局家族の循環や心理的距離の連鎖で決まりそうなもの。学校との連携で博物館との距離を近くして、高齢者もイズミヤ(スーパー)とか電気屋さんでたまらずに博物館で涼んだらいいのになって思う。

和歌山の風景

言い過ぎで誤解を招くかもだけど、博物館は行儀よく使うってことを取っ払っても良いのかと。貴重なものがたくさんあるからマナーは大事だけど、もっと使い倒せばいいのかなとか思う。というか使わなきゃ損か。自分たちの代わりに預かってくれて、わかりやすいように調査研究してくれてるんだし。

夏は博物館にたまればよい。涼しいし。子供と一緒にたまればよい。そして自分たちが過ごしやすいように意見でも出せばよい。対話が生まれるレベルで市民が博物館を主張できたら地域が変わりそうやもんなあ。とか面白がっとる。

「まもってそだてる」和歌山県の博物館活動


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