石器時代、一万年、
ここ最近の人類の歩みの過程、数千年、
ここ最近の技術の歩みの過程、数十年。
格差は増えて、目は死んでく。
なんでそんなことを思うような信じられないこともあれば、
そんなことどうでもええがなというしょうもないことが
電波を駆け巡る。
もうこれは、思うんですよ。
古代人よ、きみらは天才だ、君らは正しかった。
あえて、技術とか効率とかそんなものやめてたんでしょう?
今いる文明、このブログを書いてる文明、
一体何回目の文明なのでしょうか。
やっぱり自分の意思で生まれてきたわけじゃないのですから
どこかに大きなもの意思があるのでしょうね。
循環機能の一部なのでしょうか。
それとも、、、
我々が技術の進歩の末に生み出した素晴らしいギフトの1つにテトリスがありますね。
これはもうまるで我々の末路。マツリス。
テトリスは、はじめはゆっくりと進んでいく。
当たりを見渡し整理して積み上げ、気持ちよく処理する。
ここまではいい。
だが、最後は加速度的にスピードを上げてくる。
もう周りなんか見てられない。そんな余裕はない。
テトリスをコントロールするところから
いつの間にかテトリスにコントロールされている。
ゲームはずーっとやってるわけにいかない。
終わらないとだめなのだ、成績がでないから。
大いなるプレイヤーはどれだけおもしろく終われるのかを見ている。
今僕らは何合目くらいまで登ってるのでしょうか。
これは何回目の文明なんでしょうか。