ゴッホになるためには他人の評価にとらわれないこと!


その人の価値や行動は絶対的に評価されることなく、いつだって周りの環境や時代の中で相対的に評価される。よく画家は死んでから評価されるなんていうけれど、決して死んだから評価されるのではないわけで、ましてや上手かったから評価されたわけでもない。むしろその逆で、死んでからというのは、時代の移り変わりを意味する。つまり評価されるのは時代が追いついていなかった(その時代では受け入れがたかった)からだ。ゴッホなんかはその典型らしい。

上手くてその時代の流行に即していれば、当時は持て囃されたろうし、絵を描くことで食べていくこともできただろうが、名を残すことは難しい。芸術というのは流行に応じて人真似をし、上手く描くことではなく、時代が受け入れられなくても、自分自身伝えたいことを表現する。それもその当時の流行に逆らうようにしていくことがポイントだ。上手い絵が認められるのであれば下手に描く、綺麗なものが認められるのなら、醜く描く。そうすることで、明確な線引きができるのと同時に少数派となり、第一人者となる。

当然その道は茨の道で、承認されない評価されないのは辛い。だからいま評価されたければ、その評価システムに則り、その評価者を満足させるための作品を量産すればいい。だがそこに面白味を見出せなかったり、自ら表現したいものがあるという場合そんな茨の道でも進むほかない。

きれいに描くことができればそればそれで満足なんだけど、他人真似や写しを行っていれば当然オリジナルを超えることができない。限界は必ず来る。ゼロから生み出すこと、そのオリジナルに自分なりのカラーを足していくことが面白い。

当然なにごとも基礎を学ぶことは大事だけど、そこからどうしたいのか?ということ。所詮自分より数年、数十年の同じ人間が評価しているわけだが、偉そうなことをいうなというくらいの勢いで、自分を確立させていきたいと想う。

だから、何かに縛られることなく、まずはやってみることが大事。きれいに描くとかは二の次で、まずは自分のやりたいことをやってみる、その過程で基礎が必要ならそのために学べばいい。既存の中にないのであれば、学ぶのではなく生み出さないといけないわけだから。

まずは自分自身が動かないと始まらない。先日から岡本太郎さんに刺激を受けてそんなふうに思っとります。で、「動」と書いてみたというわけです。

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