哲学における幸福論について〜現代〜


ここまで古代、近代とやってきて最後は現代。

哲学における幸福論について〜古代〜

哲学における幸福論について〜近代〜

今日はバートランド・ラッセル、アラン、シモーヌ・ヴェイユ。

バートランド・ラッセル(1872-1970)

イギリス名門貴族の生まれ。彼が大事にしていたことは大きく3つあるのだとか。

1つ目、いきなり哲学に関係なさそうだけど、恋への憧れがどうしようもなかったらしい。80歳4回目の結婚してるのだとか、生涯独身とか言ってた人何人もいたのに、この人すごいな。正直がモットーらしく、冷めたりこんなんと違うってなったら奥さんに言って、離婚してた(された?)ようで、4回結婚。これくらいエネルギッシュじゃないとだめなのか。まあ、愛情の追求は哲学には重要なことでしょうから、そういうことにしときましょう。

2つ目、知(識)の追求。これはそれらしくていいですね。愛情と知はセットであるべきですね。まさに哲学。ラッセルはケンブリッジ大学で哲学、数学を専攻。その後同大講師となってます。とっても彼の書物なんかは哲学、数学にとどまらずあらゆる分野に精通しているらしくまさに天才だということだそう。

3つ目、人類の悲惨を見逃さないということも言っていたそう。いままで自分自身のことだったけど、ここは社会全体が内包されてますね。44歳反戦運動で投獄されて、その後けっこうたってから78歳ノーベル文学賞を。83歳では、核廃絶をアインシュタインとともに共同声明(ヒロシマ・ナガサキ問題も)を出してます。

こうしてみるとなんか自分にも社会全体にも全力投球な感じですね。彼の幸福論の中ではこんなことを言ってます。

人間活動(過剰なビジネス社会)は、生存競争ではなく成功競争になってる。成功したからと言って幸せにはなれない、あくまでも幸せになるための1つの要素にすぎない。そんな1要素の成功のためにいろんなものを犠牲にしすぎじゃないか?家族とか自分の時間とか休日とかその他いろいろ。成功のために支払う対価がむしろ高くつきすぎてるんじゃないのか?いいのかそれで?ということ。

競争に追い立てられ、人生を楽しめていない。出生率を見れば先進国の人は子供を生みたいと思ってないことは明らかで。これはもはや先進国にかけられた生物学的呪い。そんなことしてると人生を楽しんでいるやつらに取って代わられるぞ?子沢山の陽気な連中とかに。実際出生率低くて、少子化進んだら一人の生産性どんだけ上がろうが、人たくさんのところに負けますよ。なんかこれ今の話されてんの?って思いますね。

アラン(1868-1951)

本名はエミール・シャルティエで、アランは筆名(新聞に哲学エッセイ(プロポ)投稿してたときの)。フランス、ノルマンディー生まれ。生涯高校の先生だった。ちなみに46歳で第一次世界対戦で志願して従軍してる、そのときの体験から生まれた思想をエッセイ化したりしてる。むしろ書くために従軍してる。57歳で幸福論を書いてる。

プラトン、アリストテレス、デカルト、カントに影響を受けている。彼の幸福論は世に広く受け入れられ、次に紹介するシモーヌ・ヴェイユにも大きな影響を与えてる。

アランは、幸福は自分で作るもの、すなわち幸福とは意志と統御だということを言ってます。知識、経験を活かして働くこと、その中で礼節を大切にすることだそうです。この礼節とは意志でもって楽観的に、そして上機嫌にしておくことで、常に楽しい状況に自分をおいておくことなどを言うてます。

続いて、自分から能動的に奇跡を起こすことが大切だとも言ってます。この奇跡ってのは、つまり自分を変えることだということですね、他人は変えれないけども自分を変えることで人間関係は変わるだろうと。

よく聞く話ですが、始まりが彼ということですね。難しい顔してるより上機嫌でいれば奇跡は起こりやすい。哲学っていうか、まあなんか小学生で教えることみたいな感じです。

そして幸福は自分、他人にとっての義務だと言ってます。みんな幸せだったらみんな幸せ。(こう書くと当たり前なんだけども。)

シモーヌ・ヴェイユ(1909-1943)

パリのユダヤ系知識人家庭(父は医者、兄は数学者)に生まれる。めちゃくちゃ天才兄妹だったらしい。パリ高等師範学校で哲学。エリートばかりのクラスの中でもさらに頭が良すぎて、何を話してるのかみんな理解できずに火星人扱いされたらしい。

影響を受けた人(もの)にソクラテス・プラトン、デカルト、スピノザ、バガヴァッド・ギータ、ウパニシャッド、道教、禅、(鈴木大拙)があったそう。マルクスは影響を受けつつも批判もしてる。

彼女は第二次大戦中はナチスのユダヤ人迫害の中、レジスタンス参加(ド・ゴールのもとで働く)家族はアメリカに逃げたけど、みんなのことほっとけないと、一回アメリカにいったのにまた戻ってくる。ただこのときにめちゃくちゃ働いて、34歳でこの世を去ってしまう。

ということなので、彼女が残した哲学は死ぬまでの34歳までに書いたものばかり。本当に火星人じゃないかというくらいに悟りすぎてる。自分のことよりも他人のことを考えて生きた人。

スペイン戦争にも最前線で参加。このあたりも哲学的思考を深めるためかアランと同じく従軍してる。また彼女は素性を隠して工場労働体験をしている。(ルノーの自動車工場)1930年20歳の頃の話。エリートを離れていちばん貧しいところに行って、実体験の中で最下層ではたらく人のための哲学を追求したいと考えた末のこと。

ほとんど奴隷のように働かされるプロレタリア層、人間的ではなくなっていく実情をどうにかしたいと考えていたみたい。チャップリンのモダンタイムスで表現されてるようなオートメーション化された工場の批判をした。考えない人間は獣同然である。現代の奴隷の姿をとらえた不幸論から始まる幸福論を書いた。現代人にはとてもわかりやすいと思う。今の時代の先取り感がすごい。

古代はほとんどピラミッドの上の人たちにむけての哲学だったけど、彼女は紛れもなく最下層に対しての哲学だった。だから偉い人やすごい人だけではなく、すべての人に共通部分な部分を見出し、それこそが人間として認めようという考えを示す。それを聖なる部分と呼ぼうと。それは赤ん坊のように他者から善を求める(甘える)気持ちだと言った。

ということで、メモでした。古代、近代、現代と哲学をさらっと触れてみただけでも、いろんな考え方があるし、歴史的な背景や政治的な動きにも連動していて、かつやっぱりめちゃくちゃ曖昧な学問だと思ったけども、同時に考え続けることの重要性も感じた時間だった。

これからは時間をみつけて特定の個人をもう少し掘り下げていくことで、もう少し深いところの考えに触れてみたいなと思います。


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