熊野古道巡礼(紀伊路)3日目:井ノ口王子(和泉府中駅)ー籾井王子周辺(新家駅)
歩行距離:約18km(公式地図がないためおよその距離)
本日の王子:井ノ口王子、(池田王子)、麻生河王子、近木王子、鞍持王子、(籾井王子)
※池田王子、籾井王子は近所までいったが石碑は見つからず(籾井王子は民家の敷地内にあるらしい)
やっぱり誰も歩いていない熊野古道
熊野古道巡礼3日目です。紀伊路大阪パートも割と進んで、今日は和泉府中から。朝起きると既に体バキバキ。いきなり歩き出したわけなので、運動不足だとこうなってしまいますよね。でも不思議と歩き出すと体ほぐれてくるのでね、一歩踏み出すまでがつらい、なんか人生生きていくなかで感じることとおんなじかもしれんな。今日は天気も良くてあたたかくて歩きやすいー昨日雨だったからね、体バキバキでも昨日よりも足取りは軽いですわ。
地方の県道は意外にコンビニありますね。昨日は本当にご飯食べたい時にお店がなくて困っていたので、コンビニがあるというだけで安心なのだけども、朝ご飯食べたとこやし、今じゃないんよ感。でもま、今日はずっとこんな感じだったらご飯には困らなそう。笑 頼むでー!
朝からご飯のことばかり考えているのだが、今日はどこかで昼飯ありつけるかなーという期待に胸が膨らむ。歩いているとご飯が楽しみ。スペイン歩いている時もそうだった、歩いてお腹が減るとご飯がおいしいのでね。というか、なんというか巡礼といっても南大阪の普通の道を歩いてるだけなので、面白みもなんもない。ご飯くらいしか楽しみないのですよ。
しかしまあ、ほんまにこの紀伊路ってのは誰も歩いてないんよね。人が誰もおらんのよなーまじ車社会。自転車はチラホラやけどほんまにみな歩かんね。地方になればなるほど移動は車でしょうしね、それも仕方ないか。巡礼者どころかまず人を見かけないので、いろいろ心配になる、地方はこんなもんなのかしらね。
いろんな王子のあり方
今日も相変わらずGoogleマップを見ながら進んでいく。マップ上に熊野古道って書いてるけど、しかしそれがほんまかどうかわからんよなあという。なんせ道が、途中でぶちぶち切れて、つながってないから。そりゃ世界遺産認定は無理ですなこれ。(熊野古道は世界遺産に認定さえれてるけども、場所によっては認定されてなかったり、この部分だけ世界遺産みたいな感じで割と細かく規定されている。大阪の熊野古道は世界遺産にはなっていない)
井ノ口王子跡に到着!敷地の中では地元のおっちゃんおばちゃんが会議していた、なんかいいですな。井戸端会議しているところの中に入るのも気が引けるので、外から石碑を撮影して次へ。時間は限られてますし、どんどんすいすい行きますぜ。
次なる池田王子跡の石碑とかはなかなかやらかしてくれた。。案内板はいくつかあった(そしてしかも綺麗にお金かけて作っている)のに、肝心の池田王子本体は見当たらず。完全なる草っぱらだった。間違って民家に侵入するとこだったよ。まあ、「跡」ってついてるから本体はなくて、草っ原でいいのかな。もともとそこにあったということで解釈して、次なる王子へ。
麻生河王子も王子自体はみあたらなかったのだけども、阿理莫神社に合祀(ごうし)されているよう。このあたりのメーカー三和製作所の近辺にあったらしい。敷地内には鎮守社があった。さすがに敷地内をうろつくわけにもいかず、外からの撮影に留めた、一応いったという証明に三和製作所さんの外観を写真撮っておいた。
次なる王子のためにもう少し進む。近木王子と鞍持王子は南近義神社に合祀されているようなのだど、王子の名前はどこにもなくて、少々がっかり。ただ、南近義神社の説明看板の最後に2つの王子の名前の記載はあったので、ここに祀られているのは間違いないらしい。説明文の内の熊野古道に関する表記ががめちゃくちゃ控えめだったな。
「歩くこと」について考える
王子から王子まで距離があると、色々考える。このときは「歩くこと」について考えていた。歩くこと。今回の旅も300km近くなる。それらしい理由はあるものの、なんでこんなことしてるのか自分でも実のところよくわかっていない笑
あんまり300km歩こうとか思わないですもんね。僕も歩けば体ガチガチになるし、仕事だってあるし、しかも誰も歩いてる人いないし。なんのために歩いてるの?これは歩きながら自分に問いかける質問の中では最も確信をついている。
結局その質問に対して、答えは出ない、いろいろ理由はこねられてそれらしいことも言えなくもないのだけども、どえも確信をついてるとは思えない。少しすつ何かが足りないのだ。だけどもそうしたときに写経には近いのかもしれないなと思った。歩いて苦行することで、満足しようとしてるとかかな?とくに赦されたいとかではないのだろうけども、何か自分の中では義務というか責務というか、やるべきことのような感覚もあるなあと。(きっと昔の巡礼者も同じようなことを思っていたのかなと思う。平安時代は、お金をかければ仏の功徳を得られるとか時間と両労力をかければ功徳を得られるとか、そういう解釈がなされていたみたい)
ゆっくり歩いてると、自分の過去、思い出を想起させるポイントがいくつもある。下校時間の小学生とすれ違えば、自分が小学生だった頃のエピソードを思い出したり、駐車場を見れば駐車場であった出来事とか。みかんを見ればみかんにまつわるエピソードとか。歩いているとよく脈絡のない昔話を思い出すのはそういうスイッチが入るからなのだと思う。
何かをやりながらだと、そういうきっかけの芽のようなものがあっても素通りしてしまうけども、歩くということはそれらをちゃんと拾える余裕があるのかもなあなどと感じたりした。歩くことっていいですね、ながら歩きというのがちゃんとできる。
仕事でも大事なことを決めるディスカッションを歩きながら決めるとかも聞いたことがあるし、アイデアマンも新企画のために散歩したりするとか、僕も普段歩く時はイヤホンでいろんなネタをインプットしながら歩いているし、歩くことはとても素晴らしいものだと思う。
籾井王子跡の碑は見つからなかった残念、と思っていたら民家の敷地内にあるらしい(ネット情報)。そりゃわからんですよねーもう少しわかりやすかったらいいのに。結構探したのだけど、見つからんかったですよ(しかし民家の敷地内だとそもそも勝手に入るわけにもいかず、結局見れない)。
ということで、日も暮れてきたので今日はこれで終わりとしたいと思います。今日も王子の発見具合は微妙だったけども、天候に恵まれてとっても良い日でした、今日も1日お疲れ様でした。あしたもがんばるぞ。
【熊野古道(紀伊路・中辺路)2週間280kmの歩き旅】
2023年12月4日から約2週間、熊野古道を280km歩いて旅をしました。ここではその旅のまとめ、僕自身の備忘録として、熊野古道巡礼(熊野詣)に関する事前知識や宿泊情報、費用、日々の記録などをまとめています。熊野古道のリアルな情報にご興味ありましたらぜひご覧ください。